「これから行く所は、俺よりも強い力を持つ人が二人もいるんだ」
私が多々良くんに連れられてバー「HOMRA」に行く途中、彼が嬉々とそう語ったのを今でも覚えている。
嬉々、は少し大袈裟だったかもしれないけれど、それでも嬉しそうに、少し興奮しているようにも見えた。
私は、未だに他にも力を持つ人がいるとは信じられなくて、半信半疑でその話を聞いていた。
草薙出雲という京都弁を話すバーのマスターと、周防尊という少し目つきの悪い赤の王。
中学生の頃からの付き合いと言っていたけれど、どういう人達なのかは全然分からなくて、とにかく不安でいっぱいだった。
「ほら、此処だよ」
多々良くんは人懐っこい笑顔を浮かべて、私に目的地に到着した事を告げる。
「HOMRA」と書かれた店は、全体的に少し年季が入っていそうな雰囲気があるが、その中にどことなくお洒落がある…というのが第一印象だった気がする。
でも、今となっては、よく覚えていない。
何せ、この後出会ったキングの方が、余程強烈で印象的だったのだから。
「さ、
。どうぞ」
Every day
「美咲くんって可愛いね」
此処は、鎮目町の一角に佇むバー「HOMRA」。
今日も客より吠舞羅のメンバーで賑わっている中、カウンター席に座っている
の突然の発言に、横の少年はあからさまに表情を歪める。
「……
さん、突然何言ってるんスか」
「もう一回言ってほしい?美咲くんは可愛いね」
「か、可愛いってどういう事だよ!?」
もう一度繰り返された言葉に、特攻隊長でありヤタガラスと呼ばれている八田美咲は、今度は顔を赤くして身を乗り出して叫ぶ。
――本当に正直で、素直だなあ。
初々しい反応に彼女はくす、と小さく笑い、可愛らしく小首を傾げる。
「“どういう事だよ?”」
「う……ど、どういう事っスか……」
可憐で可愛らしい笑顔なのに、何故こんなにも有無を言わせぬ迫力と威圧感があるのだろうか。
真っ赤から真っ青に顔色を変えた八田は、今度は丁寧に言い直す。
は満足そうに頷くと、そのままだよ、とカウンターに頬杖をつく。
「青春だなって思って。この頃の男の子って可愛く見えない?」
「いや、見えない?って、俺に聞かれても…」
「あれ、この組み合わせは珍しいね。何の話をしてるの?」
「十束さん」
「多々良くん」
第三者の声に二人が揃って後ろを振り返ると、笑顔を浮かべた細身の青年が居た。
彼は、十束多々良。
吠舞羅の最弱の幹部と呼ばれている、設立メンバーの一人だ。
そして、
の恋人でもある。
十束は、八田の隣りの席に座ると、カウンターに肩肘を乗せる。
「うん。美咲くんが可愛いっていう話」
「八田が可愛い?どこら辺が?」
やはり十束も意味が理解出来ないのか、首を傾げる。
そうだよな!と、二人の間で同意する八田。
は、青春が、と笑顔を浮かべる。
「青春?」
「そう、青春。満喫してるなって思って。凄く楽しそうだよね」
「確かにね。好き勝手出来てるし」
「そんなに俺、好き勝手やって…」
「私はそういう風に過ごしてこなかったから、余計にそう思うのかな。と言いつつも、私も此処で楽しくやっていたけどね」
ふふ、と小さな笑いを零しながら、彼女は自分用のマグカップに手を伸ばす。
大きさや形の違う2つのハートが描かれているシンプルなそれに、彼女の好きな甘いカフェオレが注がれている。
それを飲む姿を見ながら、八田は思い出す。
あまり詳しく聞いた事はないが、
はまともに学校に通っていないらしい。
アンナと同じストレインで、周囲からは避けられ、虐められていたという。
本人曰く、やさぐれていた時に出会ったのが十束だった。
今はこうして楽しそうに笑っているけれど、きっと青春と呼ばれる時期は、寂しく過ごしてきたに違いない。
じっと見つめていると、視線に気づいた彼女は、深い緑色の瞳を細める。
「どうしたの、美咲くん?…あ。もしかして、見惚れちゃってた?」
「…はあ!?」
「私が可愛いのも分かるけど、残念。もう多々良くんのものだもの」
「な…っ!!誰も見惚れてねーっスよ!!」
前言撤回。
この人は、きっと好き勝手やってきたに違いない。
顔を赤くしながら怒って席を立った彼の後ろ姿に、
は思わずクスクスと肩を揺らす。
――美咲くんはとても素直で、本当に可愛い。
だから、からかうと面白いんだよね。
他のメンバー(特に鎌本)に当たっている八田を見ながら思っていると、十束が空いた席を詰める。
「あんまり八田で遊ばないでよ。後々大変なんだから」
「ごめんごめん。でも、ふとそう思って。彼だけじゃなくて、皆の楽しそうな顔を見てたら」
「そうだね」
十束も、静かに同意する。
ただ此処にたむろしてふざけ合っているだけなのに、何故かキラキラと輝いて見えて。
これが青春というやつなのかと思った時、不意に数年前の事を思い出した。
あの頃、自分には無邪気に笑い合えるような、友達と呼べる存在はいなかった。
けれど、あの日からずっと、友達以上の大切な人達が傍に居てくれた。
かけがえのない人達が。
「私……此処に居られて良かった」
「急にどうしたの?」
小首を傾げる恋人に何でもないよ、と返し、カウンターに身体の向きを直す。
十束は、澄んだ茶色の瞳を微かに細め、彼女の横顔を見つめる。
――素直じゃないなあ、相変わらず。
チームに対してとは違う愛しさが込み上げてきて、彼女の艶やかな漆黒の髪を通り抜け、白く柔らかな頬に指を滑らせる。
不思議に思った
が「多々良くん?」と、ぱちぱちと瞬きをする。
「ずっと一緒だよ、俺達は」
彼女は、大きく目を見開かせる。
十束のピアスが、光を反射してキラリと光る。
ずっとなんて、ありえない事は分かっている。
少なからず、一度は別れが来る。
だから、これはただの気休めだ。
でも、実は誰よりも寂しがり屋の彼女に伝えたくて。
祈りと願いを込めた言葉を。
「…うん」
は嬉しそうに目を細め、柔らかく微笑む。
自分の頬を包む大きくて細い手に自分の手を重ね、彼の体温をより近くに感じる。
二人が熱い瞳で見つめ合っていると、コホン、とわざとらしい咳払いが聞こえてきて、2人はきょとんとして同時に視線を向ける。
どうやら咳払いをしたのは、このバーのマスターの草薙出雲のようで、グラスを拭きながら呆れた眼差しを向けていた。
「草薙さん、どうしたの?」
「どうしたのって…。お前ら、イチャつくのは他の場所にせえ言うたやろ。周りを見てみ」
「周り?」
は小首を傾げ、店内を見回してみると、吠舞羅のメンバーが呆然と自分達を見ていた。
そして、二人が不思議そうに顔を見合わせると、「はあ…」と、全員が盛大に溜息をついて。
溜息をつかれる事に思い当たる節が無い様子の二人を見て、草薙が小さくバカップル、と呟いた時、店の奥から階段を下りる音が聞こえてくる。
全員が自然に階段の方に視線を向けると、燃えるような赤い髪をした長身の男が、だるそうに店内に姿を現した。
『尊さん、チーッス!』
「キング、おはよう」
「尊さん、今日は早いね。珍しい」
「……うるせえ」
メンバーと十束、
が挨拶をすると、吠舞羅のリーダーで赤の王である周防尊が、声を発する事さえも面倒そうに返す。
欠伸をしながら彼女の横の席にドサッと座ると、草薙から水を出される。
周防は、それを飲もうとはせず、コップの中で揺れる水面をただボーッと眺めていると、 に呼ばれる。
視線を向けることで応えると、呼んだ当人は眉根を寄せていた。
「皆、私と多々良くんが一緒に居ると溜息つくの。酷いと思わない?」
「
、それは微妙に違うで。お前と十束がイチャついてるとや」
「あ。もしかして……草薙さん、嫉妬?」
「アホか。ありえへんわ」
「ありえないって出雲さん、そんなにキッパリと…。ね、尊さん。酷いでしょ?」
「………」
正直どうでもいい、というのが周防の本音ではあるが、
にこう真っ直ぐに見つめられては、それを言うのは何故か憚られる。
どうも昔から、彼女のこの目は苦手なようで。
彼女を挟んだ向こう側では十束がニコニコ笑っているし、草薙に限ってはもう話に入っていなかった。
周防は少しの間考え、一言。
「…別にいいんじゃねえか」
受け答えとしては会話は成り立っていないが、言外に好きにしろという意味が含まれている王の言葉に、彼女は花が咲いたようにふわりと笑う。
その可愛い笑顔に設立メンバー以外が思わず見惚れていたが、次の瞬間には、顔をげんなりさせる。
と十束が、またじゃれ始めたのだ。
「多々良くん、尊さんから許可が出たよ」
「これで堂々と出来るようになったね。
、おいで」
「……何で許したんや、尊」
「………」
草薙の呆れを含んだ恨めしい眼差しに、王は何も答えずに出された水を飲んだのであった。
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K第二弾です。
前回で終わらなくて良かったです(笑)
十束さんではないですね。もう誰だか分からない…(汗)
最後は、わざといちゃついています。
ちょっとしたおちゃめと見せつける為にです(笑)
内容はどうあれ、ほのぼのとした雰囲気を感じて頂けましたら幸いです!
ここまで読んでくださり、ありがとうございました!
(2013/10/05)
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