君の願い

 5月某日、GWで大勢の人間が行き交う池袋の街で、折原臨也はどこかそわそわしていた。

「こんなにも誰かに会いたくてたまらないのは、初めてかもしれないね」

 ニヤリと口元に笑みを作る。
 携帯を開いてみるが、まだ誰からも連絡は無い。
 それならそれで、この後会った時の彼らの驚く顔が、より楽しみになるだけだ。
 心の奥底で感じる隙間風に気づかない振りをしながら、ファー付きのジャケットのポケットに携帯ごと手を入れる。
 そして、彼は雑踏の中へ姿を消した。



 新宿の高級マンションに帰宅中の臨也は、行きとは反対に明らかに元気を失くしていた。
 手には、大きな白い箱の入ったお洒落な袋を持っている。

「揃いも揃って、皆同じ事を言うなんてね。もっと他にもある筈なんだけど」

 呆れたように手を広げて、大袈裟な動作で肩を竦める。
 今日はどうしてもケーキ等の甘い物が食べたくて、でも一人では店に行きたくなくて、池袋で見かけた知り合いに声を掛けたのだ。
 だが、全員に断られ、その際に同じ事を言われる羽目となった。

1.竜ヶ峰帝人・園原杏里
「せっかくなのにすみません。あ、僕達じゃなくてさんを誘わないんですか?」
「彼女は今日、休日出勤してるよ」
「そうなんですか、残念ですね。では、また機会があれば、ぜひご一緒させてください」
「………………」

2.紀田正臣
「イヤです」
「なんでさ、いいじゃない。たまには」
「いや俺、これから映画行くんで、友達待たせてるんで」
「知ってるよ、帝人くんたちだろ。たまには、あの子たちをふたりきりにしてあげてもいいんじゃない」
「余計なお世話ですよ。つーか、俺よりさんを誘えばいいじゃないですか!ようやく振られたんですか?」
「紀田くん、寝言は寝てから言いなよ。は仕事さ」
「そうですか、残念ですね!…振られればもっと良かったのに」
「…逃げられたか……」

3.ワゴン4人組(門田京平)
「仕事か?」
「残念、違うよ。今日は甘いものでも、ほら……ケーキで食べようかと思ってさ」
「ケーキなら、新宿にも山ほどあるんじゃねえか?」
「…」
「?」
「新宿でもいいけど…ああいう店にひとりで食べに入るのって、なんか違うじゃない」
「喫茶店ならひとりでも入れるだろ」
「……」
「? 何か問題あるのか?それより、俺達よりを誘ってやれよ。あいつ、甘い物好きだっただろ?」
「………」
「?」

 その後にセルティと新羅、粟楠会幹部の四木とも会ったが、会話の内容は全く同じだった。
 彼らの中では、臨也とはもうセット扱いになっているようだ。
 強ち間違ってはいないので特に否定する気は無いが、まるで臨也には彼女しかいないような物言いには、少し眉を顰めたくなる。
 自分は、人間全てを愛している。
 だから、どんな形の愛であれ、彼女だけでなく人間全てに愛されるべきだ。
 だが、その中でも手放したくないと思うのは、単なるあの頃からの流れか、天敵に対する対抗心か、もしくは少なからず特別に思っているのだろうか。
 臨也はそこまで考え、そして、馬鹿馬鹿しいと足元に転がる小石を蹴るように吐き捨てる。
 そんな彼女ですら、自分がまだ寝ている間に出勤したきり、今日に限って何の連絡も寄越さない。
 いつもなら必ず一報を入れてくるのに、今日に限って。

「………」

 臨也は、白い雲が悠々と流れる爽やかな青が広がる空を仰ぎ、どことなく寂しい背中を見せながら池袋を後にした。



 それから数時間後、新宿の街が夜の顔を覗かせ始めた頃、臨也の家のドアがガチャリ、と音を立てる。

「ただいま、臨也」

 静かにドアから姿を現したのは、皆が口を揃えて言っていた
 彼女は、手に持っている物を身体の後ろに隠しながら、中を伺いつつ後ろ手でドアを閉める。
 玄関に並ぶ靴を見て、波江はもう帰宅しており、家主が居る事を確認する。
 だが、何故か彼が居る気配を感じられないような気がして。
 ――もしかして、何かあった…?
 情報屋を営む彼には、多くの敵が存在する。
 それこそ、彼を殺したい程の恨みを持っている人間だっている。
 は唇を横に引き結び、この嫌な予感が気のせいであってほしいと願いながら、奥へ足を進める。
 事務所兼リビングに入ると、目の前に広がっていた予想を超えた光景に、思わず拍子抜けしてしまった。

「……臨也?」
「おかえり、。休日出勤、大変だったね」
「う、うん…」

 何をどうしたら、こういう状況になるのだろうか。
 そう考えてしまうほど、可笑しな光景がそこにはあった。
 呆然としているの目の前で、崩れた細かな瓦礫の破片が床の上にパラパラと落ちていく。
 臨也は、コンクリートの天井を突き抜け、見事に刺さっていた。
 天井から生えているようにぶら下がっている足を揺らしながら、大半の出来事の裏で暗躍している男は言う。

。悪いけど、自力じゃ抜けないから手伝ってくれない?」



「あの凶暴性は、人間として生きるのをいい加減諦めた方がいいよねえ。幼馴染の君もそう思うだろう?」
「天井に刺さっていたのは臨也のせいでしょう。それと、私は思いません」

 臨也の頭に大きなバツの形で絆創膏を貼りながら、は眉根を寄せて答える。
 手当て中に聞いた話によると、臨也本人が大量の不幸の手紙を宿敵の家に送りつけ、わざわざ此処へ来るように仕向けたらしい。
 それで返り討ちにあっていたらどうしようもないと思いつつも、この行為に対して怒る気には全くなれなかった。
 何故なら、今回はいつもの殺し合いとは理由が異なるからだ。
 ――寂しいなら寂しいって、素直に言えばいいのに。

「臨也」

 こちらを振り向いた彼の色白の頬に、そっと指を滑らせる。

「お誕生日おめでとう。遅くなってごめんなさい」

 黒真珠のような瞳を甘く細め、ふわりと柔らかな微笑みを浮かべる。
 臨也は僅かに眉を上げ、へえ、と口元に弧を描く。

「覚えていたんだ?」
「当たり前でしょ。貴方の誕生日を今まで祝わなかったことある?」
「てっきり、今年で終わりかと思っていたよ。君は抜けている所があるから、すっかり忘れているんじゃないかってさ」
「じゃあ、来年からは忘れることにする」
「拗ねてる顔も可愛いけど、それは遠慮したいかな。には、いつまで俺の誕生日を祝えるか、挑戦し続けてほしいからね」

 実験は、結果が出るまでやり続けるものだろ?
 そう飄々と話す彼に、はそれもそうね、と眉尻を下げて笑う。
 要は、ずっと傍に居ろということを強制しているのだと、彼女は勝手に解釈する。
 本人にそのつもりは一切無いかもしれないが、意外と寂しがり屋な彼だから、きっとそうだろうと思う。
 犬猿の仲である幼馴染の元へ、二度と戻らないように。
 人間全てを愛している筈なのに、一個人に執着を見せている事に対して矛盾を覚えると同時に、幸せだと感じてしまう自分は異常なのかもしれない。

「臨也、ケーキ買ってきたの。一緒に食べよう」

 はソファから立ち上がり、キッチンに置いたケーキの元へ行く。
 背中に流れる艶やかな黒髪を視界の隅で捉えながら、そうだね、と臨也は頷く。

「折角君が用意してくれたんだし、ありがたく貰おうかな。さて、どんなケーキが出てくるかとても楽しみだ」
「………」

 頭に大きな絆創膏を付けながら愉快そうに言う彼を、は先程とは一変して半眼で睨む。
 言外に想像以上の物を用意してくれているのだろうという質の悪いプレッシャーをかけてくる男に対し、「普通だからね」と強めの口調で言い返しておく。
 ――本当は誰かと一緒に祝いたかったくせに、相変わらずなんだから。
 そこがまた愛しいと思ってしまう自分を知れば、彼を知る周囲の人間は思い切り顔を顰めるだろう。
 大切な幼馴染は嫌悪を抱き、彼と同じように敵として認識するかもしれない。
 それは勘弁してもらいたいなとどこか遠くで思いつつ、大容量の冷蔵庫を開ける。
 中にあった物に、は丸い目をぱちぱちと瞬かせた。

「ケーキもいいけど、やっぱり手料理は外せないよね。勿論作ってくれるだろ?」

 は、それを見て頬を綻ばせると冷蔵庫のドアを閉め、隣に並ぶ臨也の切れ長の目を覗き込むように上目遣いで見上げる。

「今日はいつも以上に寂しがり屋の、静雄で我慢しようとした誰かさんの為に張り切らせてもらおうかな」
「シズちゃんで我慢するとか、世の中にはそんな物好きもいるんだねえ。考えただけでも吐き気がする。君もそう思わないかい?」
「私は静雄でも…って、臨也、ナイフは危ないので仕舞ってください」

 口元に笑みを浮かべ、全く笑っていない冷めた目で首元にナイフを突きつけてくる彼に、はもう、と口を尖らせる。
 彼女が帰ってくるまで寂しい空気の流れていた部屋が、ふわりと温かくて優しい空気に包まれていく。
 5月4日、情報屋のマンションでは、楽しそうな二人の男女の笑い声が、夜が更けるまで響いていた。
 冷蔵庫の中で、自ら購入し静雄の情けで残されたひと切れのケーキが、静かに出番を待っている。

初デュラララ!初臨也でしたが、もう誰だか分かりませんね…。キャラを全く掴めていなくてすみません(土下座)
今回、みにでゅら沿いに書かせて頂きました。小さな彼らの姿を想像して頂ければと…。
コミックスの臨也の誕生日の話を読んで、勢いで書きました(笑)
さんは静雄の幼馴染で、臨也とは高校で出会います。接触は彼からで、そこからいろいろとあり、彼と同棲するようになりました。OLさんです。
また機会があれば、過去に触れたお話も書ければいいなと思います。
(タイトルは、ごみばこ様よりお題をお借りしています)

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