綺麗事のようでいて歪んだ純情

 最初は、ただの聞き間違いかと思った。

『通り魔事件です。東京から旅行中だったオリハライザヤさんが、腹部から血を流して倒れて――』
「え…?」

 普段通り朝食の準備をしていると、点けていたテレビから聞こえてきたニュース。
 キッチンで朝食の準備をしていたは、おたまを持ちながらリビングまで出てきて、大きなテレビを凝視する。
 どうやら、駅の近くで通り魔事件があったらしい。
 映し出された映像には、多くの人々が行き交う繁華街の横断歩道の中央に一つの血溜まりがあった。
 しかし、彼女の目には生々しい血痕は映っておらず、その下に表示されているテロップに釘付けになっていた。
 被害者の名前――折原臨也。

「……嘘、だよね……?」

 喉から絞り出した声は、酷く掠れて震えていた。
 これは、偶然なのだろうか。
 たまたま臨也と同姓同名の人物がいて、その人が事件に巻き込まれてしまっただけ。
 臨也ではない、別の誰か――…そう思おうとしているのに、頭の中では痛い程に警鐘が鳴り響いていて、全身が不安に侵食されていく。
 膨らんでいく嫌な予感に身体が震え、胸の前で震えを抑えるようにおたまを持つ手を強く握った時、朝から来ていた矢霧波江が一言、平然と言った。

「へえ…あいつ刺されたんだ」
「っ!!?」

 カシャンと、おたまが床に落ちる。
 は愕然とした表情で、ただテレビの画面を凝視する。
 ――臨也が……刺された……。
 この時、漸く血痕を認識する。
 決して少なくはない血の量が、彼女の中に最悪な結末を想像させる。
 サア…と、血の気が一気に引いていく。
 気が動転して平常で無くなった彼女は、普段臨也が静雄と殺し合いという名の喧嘩をして平然としている事など、もう頭には全く無くて。
 ――無事を確かめに……臨也に会いたい…!
 青ざめた顔で震える下唇を強く噛むと、「波江さん」と震える声で彼の助手を呼ぶ。

「臨也が運ばれた病院、一緒に探してください…!!」



「もうそろそろかな」

 点滴も終わり、病室で一人となった臨也は、ベッドに手を付いて上体を起こしながら小さく呟く。
 その口元には、まるで子供が何かを期待してわくわくしているような笑みが浮かべられていた。
 まだ激痛が身体中を走るが、この後の事を想像すればそんなものは些細な事だった。
 時計を見れば短い針がもうすぐ4を指そうとしており、臨也は目を閉じ、部屋の外へと意識を集中させる。
 微かに聞き取れる駆け足に近い足音に、口元が更に楽しそうに歪んでいく。
 ――やっぱり、君は期待を裏切らないなあ。
 瞼を開けると、開かれるであろうドアをじっと見つめる。
 いつ開かれるのかと胸を躍らせながら数十秒見つめ、そして、ついに開かれた。

「臨也…!」

 壁に阻まれて姿を確認することは出来ないが、自分の名を呼ぶ声を聞いて、予想通りであった事に思わず笑ってしまいそうになる。
 だが、今はぐっと抑え、壁の影から姿を現すのを黙って待つ。
 臨也が一度瞬きをした後、待ち人が漸く目の前に姿を現した。

「臨也、大丈夫!?」
「やあ、。そろそろ来る頃だと思っていたよ。期待を裏切らないね、本当に」
「………」

 普段と変わらない物言いに対し、の眉根が不機嫌そうにぎゅっと寄せられる。
 唇は真一文字に堅く結ばれ、まるで睨むように臨也を見つめていて。
 乱れた髪、頬に伝う汗でどれだけ急いで駆けつけてくれたのか、手に取るように分かる。
 怒っているように見える黒い瞳に浮かぶ涙でどれだけ心配をしてくれたのか、十分に伝わってくる。
 そして、それを心地良いものだと感じている自分がいる。

「おいで」

 ベッドの上で両手を広げ、を見上げる臨也。
 ――………ずるい。
 は、愉快そうに笑む茶色の瞳を見つめ返しながら、悔しい思いでいっぱいになる。
 目の前のこの男は、全て分かっているのだ。
 朝のニュースを見て心臓が潰れそうな程に心配したこと、此処まで全速力で駆けつけたこと。
 どれだけ臨也という人間を、大切に想っているかということを。
 本当ならどうして笑っているの、と文句を言いたいところだが、自分を待つその両腕で文句も怒りも全てが吹き飛んでしまう。
 周りがいくら罵声を浴びせようとも、彼の存在はを魅了して仕方がない。
 は静かにベッドに腰掛けると、まるで吸い込まれるように腕の中に身体を寄せた。

「臨也、無事で良かった…」

 言葉と共に、の瞳から泣くまいと我慢していた涙が零れ落ちていく。
 肩口に湿る感覚を覚えながら臨也はの頭を撫で、またその手が優しくて、より彼女の涙腺を緩めさせて涙を溢れさせる。
 本当に、これ以上ないという程に心配をした。
 幼馴染である宿敵と殺し合いをしている時よりもずっと、ずっと。
 あのニュースを見た時、急に身体が冷えていって、恐怖に押し潰されてしまいそうだった。
 もし臨也が死んでしまったらと、震えが止まらなかった。
 だから、今感じるこの温もりが尊くて、安心出来て、何よりも愛おしい。
 そして、この折原臨也という人間が自分にとってどういう存在なのかということを、再認識した。

「お願いだからいなくならないで…。臨也、私は貴方が……」

 傷を労わってくれていたの腕の力が僅かに強くなったことを感じ取り、臨也はやれやれといった様子で、尚も指通りの良い艶やかな黒髪を撫で続ける。
 は、高校時代から何も変わっていない。
 日常茶飯事となっていた静雄との喧嘩の最中でが突然介入し、臨也を庇って重傷を負った事がある。
 身体中包帯を巻いて明らかに臨也よりも酷い傷にも関わらず、こちらの心配をして、尚且つ無事で良かったと安心したように笑った。
 そして、「折原くんの事が大切だったから」と、裏の無い純粋な気持ちを伝えてくれたのだ。
 ――その気持ちは、いつまで俺に向けてくれるんだろうね。
 いつまで、君はこうやって俺の傍に…。
 腕の中の女性の曇る事の無い愛を全身で受け止めながら、臨也は自嘲気味な笑みを浮かべた。



「まさか、半日も経たずに此処を見つけ出すとはね。俺に関する事での行動力には頭が上がらないよ。にはいつも驚かれる」
「……それ、褒めてないでしょう?」
「心外だなあ。俺の本心だよ?嘘をついているように見えるかい?」
「……」

 本心だと言いながらも明らかに楽しんでいる臨也の笑みに、は赤くなった目で不服そうに睨みつける。
 しかし、すぐに諦めたように溜息をつくと、この病院に辿り着くまでの経緯を簡単に話し出した。

「波江さんに手伝ってもらったの。私には臨也のような情報収集能力は無いから、ある程度目処をつけてもらって、後は電話をして聞いたんだよ」
「よく波江さんが協力してくれたねえ。凄く嫌がりそうだし、休暇だって喜んでいそうだけど」
「勿論嫌だって言われたんだけど、一生懸命お願いをしたら協力してくれたの。その代わり……なんだけど」
「その代わり、何だい?」

 臨也の追求の前に、は備え付けのパイプ椅子の上で、居心地悪そうに視線を俯かせる。

「長く休暇を取っていいです…って言っちゃったの。だから、波江さんに休暇を上げてほしい、です……」

 勝手に許可を出してしまった事を申し訳なく思っているようで、しょんぼりとして頭を上げない
 尻すぼみになっていった声と存在を小さくしていくその姿に、臨也は一瞬呆気に取られると、すぐにカラカラと愉快そうに笑い出した。
 それを不審に思ったのか、彼女は恐る恐る床を見つめていた顔を上げる。
 まるで叱られた子供のように目元に薄らと涙を浮かべているの頬に触れると、切れ長の目を僅かに細めて、不安に揺れる黒瞳を見つめた。

「臨也…?」
「波江さんの雇い主は俺なのに、勝手な事をしたら駄目じゃないか。休んでいる間、業務が滞ったらどうするつもりだい?」
「う…。わ、私が頑張るから!波江さんの分も」
「君に波江さんの代わりが務まるとは思えないけどねえ」
「ご……ごめんなさい。でも、私、いざ」

 臨也が心配で、という言葉を、は続けることが出来なかった。
 彼の口の中に、声と呼吸が飲み込まれてしまったのだ。
 彼女は、唇を塞いでいる端正な顔立ちを、目を見開いて見つめる。
 一度瞬きをすると、それはゆっくりと離れていき、鼻先を触れ合わせて見つめ合う。
 臨也は、頬を薄紅色に染めて熱に浮かされて潤む瞳を覗き込むと、満足そうに微笑んだ。
 ――俺のように歪なものではなく、純粋にころころと変わる表情を見るのは、本当に飽きないよ。
 これだから、人間が、がたまらなく大好きだ。

「俺だって鬼じゃないからね。が俺の為にしてくれたってことは分かっているさ。だから、今回は特別に許してあげるよ」
「ありがとう……良かった。ん?でも、分かっていたなら、さっきのはただの意地悪だったってこと?」

 ――もしかして、からかわれていただけ…?
 が眉根を寄せて明確に疑い出す前に、臨也は、思考を遮断するようにわざとリップ音を立てて柔らかな唇に吸い付いた。
 静かな病室に響くその音を耳にして、彼女が先程よりも真っ赤に頬を染め上げながら「臨也」と恥ずかしそうに呟く。
 予想通りの反応に情報屋は笑みを深めると、柔らかな桃色の唇を親指の腹でゆっくりとなぞりながら、病院に似つかわしくない言葉を平然とさらりと言いのける。

「今夜抜け出すから、出掛ける準備をしておいてよ。心配しなくても、今度は置いていかないさ。俺とずっと一緒だよ」

相も変わらず、臨也というキャラが掴めきれていませんね…;;
殆ど勢いで書いたので、着地点が非常に中途半端です(滝汗)
アニメでは、転の一話目ですね。
さんが臨也を見つけるのが早すぎたかなあと思いましたが、そこは彼への愛が成せた…ということでお願いします(笑)
文中にも書かせて頂きましたが、さんの臨也への気持ちは深いです。
臨也の信奉者ではなく、ただ純粋に彼の事が好きな女性ですが、臨也を庇う為に喧嘩の仲裁に入ろうとしたり……彼の為に無茶をする一面もあります。
いつも通り素敵なタイトルに対して内容が全く伴っていませんが……彼女の臨也への想いも周囲から見ればそう見える、という解釈をして頂ければと思います。
(タイトルは、AnneDoll様よりお題をお借りしています)

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